おはようございます。
鳥飼八幡宮宮司山内です。
今日も激烈な暑さです。
昨日は鳥飼八幡宮祖霊殿(神道式納骨堂)の全体清掃を行いました。毎日職員で清掃致しますが、隅々までは行き届きませんので、今回は専門の方にお任せ致しました。
清掃後は、まるで新築当時の様に美しく整いました。
安心してお参りいただけます。
我々日本人は清浄を好みます。
日本人のこころを豊かに映し出している古事記によると、今まで当然のように行ってきた自分自身の生活習慣や考え方、また気質の起源が、古事記という大昔の書物に、神々の気質として記されていることを発見し、「私達のことが神話に描かれている」と、日本人のルーツが深く神話と直結していることを感じることができます。
風習でいうと、日本人は綺麗好きだとよく言われます。穢れをことごとく避け、清浄を好むという性質があります。日本人は、ほぼ毎日お風呂に入るなどして常に体を清潔に保つ、食事の前にはおしぼりなどで手をきれいにする、靴は玄関で必ず脱ぐ、食品が入った袋などはなるべく床に置かない、など、とにかく汚れを避けるのです。
古事記には、伊邪那岐命(いざなきのみこと)という男神が池で、黄泉(よみ)の国(死者の世界)でまとった穢れの禊(みそぎ)をする場面が描かれていますが、これは日本人が清浄を好むという気質を表している重要な一場面といえます。
「江戸が当時の世界で一番の人口を誇っていたのは伝染病が少なかったからだが、その理由は神道からの禊文化が続いているからだ」との趣旨の論文を読んだとき、古事記に描かれている神の行いが、風習として人々の間で長く残り続け、江戸の人口まで影響を及ぼしたのかと驚いた記憶があります。
また、ほとんどの日本人は自分の箸が決まっていることと思います。私も、幼い頃に父の箸を自分で使おうとしたら母に厳しく注意されたのをよく覚えています。これは、日本においては、唾液にはその人の霊力が宿るという考えが古くからあるからだと思われます。
古事記には、太陽神の天照大御神とその弟で海原を治める須佐之男命(すさのおのみこと)が自分の口に含んだ物を吐き出して占いをする場面や、箸が川上から流れてくる場面(客人が使った箸はその人の霊力が宿っていて使えないので川に流してしまう)、海幸彦(天照大御神のひ孫)が口に含んで吐き出した玉が皿に強力にくっついたことから、力のある神様だと認識される場面が見られます。
このようにして、唾液にはその人の霊力が宿っていると考えられてきたからこそ、箸などの頻繁に口にするものは、自分の所有物と決まっています。西洋においては、マイ・フォーク、マイ・スプーンなど自分の食器が決まっているとは聞いたことがありません。
私達神職の務めは祈り、そして境内を清浄に保つことです。
今後も、清浄を大切にする日本人の文化を大切に紡いでいきたいと思います。