これからの遷宮に向けて







鳥飼八幡宮と九州電力

鳥飼八幡宮の境内に、九州電力の前身の九州電灯鉄道株式会社が寄贈した石碑があります。
石碑には大正2年12月(1913.12、松永翁38歳の時)建立とありますが、 九州電灯鉄道株式会社は松永翁が35歳(1910)の時に設立しました。
福博電気軌道会社と九州各地のガス会社とが合併して九州電灯鉄道株式会社となりますが、その寄贈理由は九州電力のかたもよくわからないということでした。
鳥飼八幡宮との関係は、柳猛直の本によると、次のようなことが書いてあります。
東西線が今川橋までのびたとき、地行の鳥飼八幡宮の前の、道のまん中にあった松の木が邪魔なので切り倒すことになりました。
しかし実はこの松は勤王の志士平野國臣の屋敷内にあった松だということで、「勤王の志士の遺愛の松を切り倒してすむと思うか!」という反対の声が高くなったので、とうとう松はそのまま残されて、複線のまん中にしばらくたっていたそうです。
この後、鳥飼八幡宮の敷地も線路にかかり、平野国臣の碩碑を鳥飼八幡宮に造ったときに、平野國臣の松、九州電灯の石碑も献上されたのだろうと推察されます。
松永翁は九州の電力の鬼といわれた実力者で、戦後の電力業界の再編成の時にも、大きな貢献をされました。
九電OBによると、虹の松原の別荘は今もあり、庭に石碑があり東邦電力寄贈と刻んであります。
恐らく松永翁の寄贈でしょう。又別荘には翁の『一州』、『耳庵』の揮毫の掛け軸もあるそうです。 この別荘はいま建て替えられて九電の宿泊施設として利用されています。
鳥飼八幡宮は平成33年に遷宮を迎えます。
その奉賛会長はもと九電 そして九電工社長 会長 そして相談役をされた橋田紘一氏です。
縁を感じます^_^
今も昔もこれからもずっと鳥飼八幡宮は支えられているのですね。
感謝です。
必要とされ愛される神社を目指しご奉仕させていただきます。