八朔





本日、8月1日は八朔です。

この頃、早稲の穂が実るので、農民の間で初穂を恩人などに贈る風習が古くからあった。このことから、田の実の節句ともいう。この「たのみ」を「頼み」にかけ、武家や公家の間でも、日頃お世話になっている(頼み合っている)人に、その恩を感謝する意味で贈り物をするようになりました。

鳥飼八幡宮では、八朔のお祭りはありませんが、各地でそれぞれ風習があります。

福岡県遠賀郡芦屋町では、「八朔の節句」として長男・長女の誕生を祝い、男児は藁で編む「わら馬」、女児は米粉で作る「だごびーな(団子雛)」を家に飾る行事が行なわれおり、300年以上続く伝統行事として、国の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財の選択を受けております。

香川県丸亀市では、男児の健やかな成長を祈り、その地方で獲れた米の粉で「八朔だんご馬」を作る風習がある。讃岐藩出身で馬術の名人として名高い曲垣平九郎に因んでおります。

また、庶民の間の素朴な八朔の贈答習慣は、やがて武家社会を中心に広まっていったといわれています。室町時代になると、武家社会には贈答のしきたりができ、将軍と朝廷間の贈答や将軍と武家衆、公家衆間の贈答のルールもできあがり、八朔の馬を将軍から朝廷に献上する「八朔御馬献上」なども行われていました。

これが、お中元の文化の始まりといわれております。

江戸幕府では、天正18年(1590年)のこの日に徳川家康が江戸入りしたことにちなみ、
「八朔」を正月元日に次ぐ重要な日としており、「八朔御祝儀」といい、大名・旗本が白帷子姿で総出仕する日となっていました。
また、花街でも八朔に挨拶まわりをする風習がありました。今でも、京都の芸舞妓は8月1日に正装姿で芸事の師匠や茶屋をまわっています。

また、もう1つハッサク(八朔/はっさく)は日本が原産のみかんですが、江戸時代末期に広島県因島市田熊町の浄土寺で原木が発見されたそうで、皆さんも子供の時分から食べていたのではないでしょうか。「八朔」とは、旧暦の8月1日の事で、昔は毎年その時期から食べられるようになることからこの名が付いたとされています